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布池だより 2017年 7月号 巻頭言

 

希望:未来の記憶に抱かれて

ドミニコ 狩浦正義

 信仰者である私たちであっても、神の言葉に誠実に耳を傾け誠実に付き従うことが困難になる時がしばしば訪れる。

信仰は常にたしかな安心に支えられた気軽な経験であるとは限らない。

「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することである」(ヘブライ.11a1)アブラハムのように<行き先きを知らずに>旅立つことのできる信頼のことを信仰といい、約束してくださる神の誠実さだけが支えである。「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれ見て喜びの声をあげました」(ヘブライ11の13)信仰は暗い今を誠実に生きるために十分な確信を支えるからである。

主イエスは<小さな群れ>である私たち神の民に<御父が喜んで神の国をくださる>と約束される。それは神が私たちの歩みを共にするとの宣言であり、恐れることなく歩むための、即ち約束を信じるための保証である。しかし、約束は今、直接に触れることのできる現実でないのである。主イエスは「主人の思いにそって」行動し、目を覚まして主の到来に備えるように招かれている。換言すれば、信仰とは<成就する将来の約束を希望の内に今経験することである>

未来の約束である神の国への信仰は、私たちが真摯に向き合うことを促していると言えないだろうか。信仰は信じる者に静かで快適な生の手がかりを与えるのでない。しかし、信仰によって、私たちの目的は主との一致に至る。なぜなら主の招きによって始まる信仰は今日のような困難で暗い時代にあって神の約束を見失ってならない希望に抱かれていくのでないだろうか?

布池だより 2017年 6月号 巻頭言

 

六月の聖性

フェルディマール・バカリサ・ファミニアラガオ

六月はイエスの聖なる御心に献げられた月です。
六月の第一日曜日には聖霊降臨を祝うのですが、あのときイエスは言われました「聖霊を受けなさい。御父が私を遣わされように、私はあなた方を遣わします。」この日、信者の中には堅信を受ける人もいます。

第二日曜日は三位一体の祝日です。この日の福音は神がひとり子をお与えになった程、私達を愛して下さっていること、それ故、神を信じる者は誰一人として滅びる者はなく、永遠の生命を得ることを語っています。この日、NFCCはバリオ・フィエスタを催してフィリピン独立を記念し、また(布池教会守護聖人である)聖ペトロ・聖パウロの祝日を祝います。

第三日曜日はキリストの聖体の祝日です。福音の中で主は父なる神から生命を受けていること。従ってキリストの御体を受ける者は誰であれ父なる神から生命を受けるのだと述べておられます。この日、日曜学校のたくさんの子ども達が初めて聖体の秘跡を受けます。

第四日曜日は「全世界に行き福音を宣べ伝える」時です。それは困難な骨の折れることでしょうが、福音の中でイエスは恐れるなと三度、悟して下さっています。

初夏の空気を感じ始めるこのとき、これらの祝日に思いを寄せてみましょう。弟子たちや殉教者たちに倣い、聖性への呼びかけに応えるにふさわしい者となれるように。

全ての人の心にイエスの御心が住まわれますように!マリアの汚れなき御心よ、私達のためにお祈りください。

Holiness in June

The month of June is dedicated to the Sacred Heart of Jesus. On the First Sunday of the month, we celebrate Pentecost, wherein Jesus said: “Receive the Holy Spirit. As the Father has sent me, so I am sending you.”

Some faithful will receive the Sacrament of Confirmation on this day.

The Second Sunday of the month is Trinity Sunday. The Gospel on this day shows us how God loved the world by giving His only Son so that everyone who believes in Him may not perish but may have eternal life. On this day, NFCC will commemorate Philippine Independence and celebrate the Feast of Saints Peter and Paul (Parish Patrons) by having a Barrio Fiesta.

Third Sunday of the month is the Feast of Corpus Christi. Jesus said in the Gospel that He draws His life from the Father, so whoever eats the Body of Christ will also draw life from Him. Many children in our Sunday School will receive for the first time the Sacrament of Holy Communion on this day.

The last Sunday of the month is the time to “go into all the world and proclaim the good news.” It might be difficult and challenging but in the Gospel, Jesus tells us three time not to be afraid.

As we begin to feel the warmth of summer, let us reflect on the Feasts we celebrate. Let us be witnesses like the apostles and martyrs so that we may be worthy of our Baptismal call to holiness. May the Heart of Jesus live in the hearts of all. Immaculate Heart of Mary, pray for us.

布池だより 2017年 5月号 巻頭言

 

マグニフィカートの風景

アウグスティヌス 太田 実

 「マリアの賛歌」はルカ福音書でエリザベトの歓迎と祝福に応えて聖母マリアが歌ったものです。新共同訳聖書では「わたしは神をあがめ、わたしの心は神の救いに喜び踊る」という言葉で始まります。

聖母賛歌は別名「マグニフィカート」とも呼ばれます。この歌が、ラテン語のマグニフィカートという言葉で始まるためです。地震の大きさのことをマグニチュードというように、この言葉は直訳すると「大きくする」です。

しかしなぜ「大きくする」ということが「あがめる」という意味になるのか不思議に思い、調べてみると、ルカ福音書にはこの言葉が字義どおりの意味で使われている箇所が一カ所ありました。

「近所の人々や親類は、主がエリザベトにそのあわれみを大きくされたことを聞いて喜び合った。」(1:58)

年老いたエリザベトが子どもを授かって、無事に出産できたため、主がエリザベトになさった偉大な業を周囲の人間が喜ぶ様子が描かれています。

マリアご自身も、「力ある方が、わたしに偉大なことをなさいましたから」(1:49)と歌うのですから、主がなさる偉大な業に接するときの人の反応を、マグニフィカートは示しているといえます。

「主をあがめるのは、マリアばかりではありません。血肉に従えばイエスの母はただお一人だけ、しかし、神のみ言葉に聴き従うことによって、信仰の内に私たちもイエスを宿すことができる」と聖アンブロジウスは言います。

私たちも、神をあがめるために、マリアの魂を持つことができますように。私たちひとりひとりと共に主がいつもいてくださり、その存在が大きくなっていきますように。神によって喜び踊るマリアの心がひとりひとりの内にありますように。

バッハのマグニフィカートをYoutubeでお聴きいただければ、この歌が喜びに満ちたものであることを実感できます。第一曲と最終曲がつながり、まさに感動と賛美のエンドレスソングです。

布池だより 2017年 4月号 巻頭言

 

過ぎ越しの神秘

フランシスコ・ザビエル 平田 豊彦

 過ぎ越し祭の起源は、イスラエルの先祖がエジプトで奴隷状態の中で、苦しみと死の奴隷として酷使されていた時代までさかのぼる。その時代に神は預言者モーセを指導者として遣わして、イスラエルを解放して、紅海の奇跡を通して死から命へとイスラエルを解放し、四十年の荒れ野での試練を経て、ヨルダン川を渡り約束の地カナンに導いて神の民(イスラエル)を確立し、救いの原型を示された。それ以来、救いを意味する永遠のいのちはもはや死を知らぬいのちである復活したいのちとして語られていく。

イエスはこの旧約の過ぎ越しの故事をもとに、ご自分の受難と死と復活を通して与えられる永遠のいのちについて四旬節の典礼の中で読まれるヨハネ福音書を通して明確に語ります。

「わたしは復活であり、いのちである。わたしを信じる人は永遠に死ぬことはない」(cfヨハネ11,25a+26)これは四旬節第4週の水曜日のミサの詠唱である。この個所はラザロの死者からの復活の出来事の直前にその姉妹マルタとマリアに発したみことばである。しかし、この時点ではマリアもマルタもイエスの言葉の意味を十分には理解していたとは思えない。なぜなら、ラザロの復活の直接の目撃者でありながら、それがイエスの死と復活の前表としての出来事であることに理解がまだ及んでいなかったのである。多くの人々はこの出来事を通してイエスを信じたが(cfヨハネ11,45)イエスは彼らを信じておられなかった(cfヨハネ2,24)とヨハネが述べるのもこの違いがあったからではないでしょうか。この違いが完全に埋るのはイエスの受難と復活という過ぎ越しの出来事があってからのことである。つまり、死ぬことのないいのち=永遠のいのちに至るには、このイエスの過ぎ越しの神秘に完全にあずかる信仰が求められるのである。

では、イエスの過ぎ越しの神秘を今日的にどう問うたら良いのでしょうか。それには聖母マリアの生き方の中に良い手本があると思います。マリアは神の母となるお告げを受けた時、大変な戸惑いを覚えました。マリアがそのお告げの意味を確信したのは後にエリザベトを訪問した時でした。その間、苦しみ悩みながらもみことばを思いめぐらす生活をしていました。それが、エリザベトを訪問した時に神の母となっていることをエリザベトの口から宣言されました。その瞬間それまでの苦しみから解放されて受肉の神秘をマリアの賛歌として歌い上げました。まさにマリアにとってこの時の幅を過ぎ越しの追体験で埋めて神への畏敬の念、みことばへの信頼をゆるぎないものへと成熟していきました。私たちも、四旬節を通して主の受難と復活の神秘にあずかり永遠のいのちに招かれるように、日々の生活を通してみことばを思いめぐらす工夫を実践を通して永遠のいのちへと過ぎ越していけるよう準備を整えていきたいものです。

布池だより 2017年 3月号 巻頭言

 

「時のしるし」としての和解へ

ドミニコ 狩浦正義

「時は満ち、神の国が近づいた」(マルコ1,15)とのナザレのイエスの宣言は、イスラエルの民はもとより、キリスト者の生を共にする共同体にとっても、神の特別な時ののしるし・カイロスの時である。このカイロスの時こそ、いのちの神の国は、生き死にする歴史の中で、人間のためばかりでなく、すべての被造物のためになされる神の計画であり、主イエスの想いであるとすべての人々に問いかける。キリスト者であること、そして主キリストに留まり続けることはカイロスという神の特別な時のしるしに目覚めていることである。「今、ここ」において神がご自分を示されるこの瞬間の時に注視することでもある。

自分を見つめることほど難しいことはないが、大切なことは何に心を向けるかである。「悔い改めて、福音を信じなさい」とあるように、<神との親しい交わりの神の国>に入る条件は、神に心を向けることである。離れて、忘れていた、そして背を向けていた神に心を向けなおすことだからである。カイロスの時のしるしが問いかける<福音>即ち<喜ばしいメッセージ>を信じ受け入れるなかで、私たちは愛と正義の国に入り、今とは違う社会を築こうと<正しい関係>を求め<和解>に向かうのである。

今日、人間があらゆるレベルで、自然を濫用し、自分たちの利益追求のため、自国の利益拡大により神の美しい世界は破壊され続けている。その際、神の賜物が破壊されていることや人々の苦しみを見るときに深い悲しみを感じるコンパッションは神との正しい関係、即ち福音の信仰から生まれる<和解>の具体化から始まる。「自然との和解やコミュニティーや地域との和解がある・・・他者と和解できる経済のかたちを見つけ出していかなければならない(内山 節、中日新聞2017,2,12)」

被造物が傷めつけられるなかで、大きくなる「創造のうめき」(ロマ8,22)は「質素の生き、寛大に分かち合う」ために<所有>から<存在>への回心が必要ではないでしょうか。フランシスコ教皇は、アッシジの聖フランシスコの神の被造物への愛を<イエスのまなざし>から私たちに呼びかけられる。「イエスは<神は父>なりという根本的な真理を強調しつつ創造主なる神を信じる聖書の信仰を取り上げました。イエスは、弟子たちと語る中で、被造物に対する神の父としてのかかわりを悟るよう促そうとしました。・・・一つ一つが神の目に大切なものと映っていることを思い起こさせようとしました。」(ラウダート シNo.96)

世界の様々な関係が崩壊している状況において、<今やキリストを通して和解させていただいた者>としてすべての被造物との交わりの和解を力強く支える役務を担うことは時のしるし・カイロスのチャレンジではないでしょうか。

布池だより 2017年 2月号 巻頭言

 

ジュスト高山右近ー 日本とフィリピンを結ぶ人

フェルディマール・バカリサ・ファミニアラガオ

 ジュスト高山右近が2017年2月7日に列福されます。これに関連して、少々右近のことを語り、その苦難から学びたいと思います。ジュスト高山右近は1553年に生まれ、12歳のときに洗礼を受けました。キリシタン大名であり武将でもあった右近は、茶道の師範として初期に活躍した人としても記憶されています。茶道具を潔めるゆったりした繊細な所作が、ミサで聖変化のためにパンとぶどう酒をととのえる司祭の動きに似ていることは、これで説明がつくでしょう・

右近の苦難は、1587年のキリスト教徒弾圧の動きと同時に始まりました。豊臣秀吉からは棄教せぬなら領土も武将の地位も召し上げるという通達を受けます。秀吉へ恭順の意を誓う一方、右近はより偉大な主であるイエス・キリストに従うため富も地位も権力も進んで差し出すと応えたのです。

しばらくの謹慎の後、1588年に金沢の大名、前田利家の元に預けられました。そこには1614年のキリスト教徒弾圧まで留めおかれたのですが、殉教者として死ぬことは認められず国外追放を宣告されたのでした。

1614年2月16日、右近は金沢を離れ長崎へ送られました。11月8日にマニラ行きの船に乗せられ、12月11日、家族や他の日本人信徒と一緒にマニラに到着しました。1615年1月、右近は病を得、2月5日に亡くなりました。マニラ到着のわずか40日後でした。

ジュスト高山右近の像がマニラのパコという古い町にあるディラオ広場に立っています。ジュスト高山右近はマニラで亡くなり、ロレンツォ・ルイスは長崎で殉教しました。右近はロレンツォのように苦痛を伴う殉教で亡くなったのではありませんが1615年にマニラで迎えた死は、信仰を守るために耐えた迫害のもたらした結果であることは明らかです。右近の信仰が故の苦難は日本とフィリピンを結ぶ最も堅固な絆なのです。

福者ジュスト高山右近よ、我らのために祈り給え!

 

Justo Takayama Ukon: A Connection between Japan and the Philippines

Justo Takayama Ukon will be beatified on February 7, 2017. And with this regard, I want to talk a little bit about him, and I hope we learn from his martyrdom.

Justo Takayama Ukon was born in 1553 and was baptized at the age of 12. Aside from his fame as a Christian Daimyo and military general, he is also remembered as one of the early masters of the Tea Ceremony, which probably explains why the slow, delicate movements of the cleaning of the vessels resemble the movement of priest preparing the bread and wine for consecration at Mass. His troubles coincided with the persecution of Christians in 1587. He received a message from Toyotomi Hideyoshi asking him to give up his faith or lose his fief and position in the army. He replied that while he made an oath of allegiance to Toyotomi Hideyoshi, he was prepared to give up wealth, position, and power to follow a greater lord, Jesus Christ. In 1588, after lying low for some time, he was taken as prisoner by Maeda Toshiie, the Daimyo of Kanazawa. He remained in Kanazawa until the Christian persecution of 1614 where he was denied a martyr’s death but sentenced to exile. He left Kanazawa on February 15, 1614 to Nagasaki where he boarded a boat for Manila on November 8. He arrived in Manila on December 11 together with his family and other Japanese Christians. Sometime in January 1615, he fell ill and died on February 5, only 40 days after his arrival in Manila. A statue of Justo Takayama Ukon stands in Plaza Dilao, in the old town of Paco, Manila.

Justo Takayama Ukon died in Manila, and Lorenzo Ruiz died a martyr in Nagasaki. While Justo Takayama Ukon did not meet a painful martyr’s death like Lorenzo Ruiz did, it has been argued that his end in Manila in 1615 resulted from the persecution he endured for his faith. And so, martyrdom of the faith is the greatest link between Japan and the Philippines.

Blessed Justo Takayama Ukon, Pray for Us!

 

布池だより 2016年 12月号 巻頭言

 

いのちの光の中で

ドミニコ 狩浦正義

 東日本大震災の地震→津波→福島第一原子力発電所の爆発後から来年の3月で六年になります。原発(核発電所)の人災後、前教区長野村司教様とご相談し、福島第一原発から30㎞離れた自主避難地域にあり、原発に一番近いカトリック原町教会(南相馬市・浜通り)に出向きました。仙台教区の福島県内での甚大な罹災地に留まり、医、職、そして住を失い、奪われた地域住民の叫びと痛みを共にしようと思っただけです。にもかかわらず、健康上の理由から五年の約束を果たせず教区に戻ってきました。
そして、41年ぶりに布池教会を宣教・司牧の場とする派遣のチャレンジを頂きました。満70歳になり、司祭生活として〈まとめの時〉をこの教会共同体の皆様と旅立てることをうれしく思います。よろしくお願いします。
待降節の最中での帰省は、私の人生と、私たちの歴史の中に主が来られるのを目を覚まして待つ時でもあります。「クリスマスの準備」という表現を大切にして、言い換えたいです。神と神の支配(国)が私たちの歴史の中に受肉すること、即ち「いのちと歴史」に対する向き合い方を示す時であると思うからです。聖パウロは呼びかけています。「闇の行いを脱ぎ捨てて、光の武具を身に着けましょう。」(ロマ書13.11)暴力や偽善、そして絶望を産むような武具ではなく、平和を保ち、社会的公正と公平を築き、グローバルな世界での「隣遠愛」を創造する武具のことと言えます。この武具の〈面〉こそ主イエスそのものであり、この方を身にまとうように招かれています。何故なら「平和の武具」こそ、世を照らし導く光であり、私たちの歴史の中に現臨される主イエスの顔だからです。主を待ち望むことは、希望と約束の神の前に留まり、私たちの歴史と離れることなく、むしろしっかり向き合い関わることだからです。私たちが待っている神は私たちのところに来られ、インマヌエルの神として歴史のど真ん中におられるのだと信じ希望しながら、大胆でかつ価値ある歩み、確かにしていきましょう。福音の喜びと主のいつくしみの花をていねいに活ける器になりたい。

布池だより 2016年 11月号 巻頭言

 

11月 死者の月 November: Month of the Dead

フェルディマール・バカリサ・ファミニアラガオ

カトリック教会では、11月を伝統的に愛する故人の墓を訪れる月にしてきました。死者を敬うことは教会の昔からの習わしなのです。諸聖人の祝日には、キリストと一致する生涯を送った聖人たちに崇敬の念を捧げます。死者の記念日には、煉獄の浄化の光の中で私たちのために祈ってくれている霊魂を想い、彼らが早く永遠の生命に入れますようにと私たちも祈りを捧げます。
私の父は1980年に亡くなりましたが、私はそのときこの世には慈悲の神も愛の神もいないのだと思いました。そして2年前には兄弟の一人が肺がんでなくなりました。神とは既に私解していましたので、慈しみと愛の神に霊魂を委ねました。父も兄も亡くなったときは45才でした。墓参りのとき、私は墓石に刻まれた碑文を読みます。死者の生涯を想っていると、慰めと神の恩寵を感じます。彼らの生涯はどんなものだったのだろう。どのように日々を過ごしたのだろう。恵みの中に亡くなったのだろうか。天国にいるのだろうか。煉獄で待っているのだろうか。墓石は彼らが誰かを語ってくれても、死のときに彼らがどのような状態にあったかを知るのは神のみです。私たちの目的地には郵便番号はないし、グーグルの地図で特定できようものでもないのですが、真実にあるものです。教会は、地上のキリスト信者たちに祈りと悔い改めによって、死者の霊魂を助けるように促しています。ですから私たちはこのように祈ります「主よ、永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光で照らし給え。彼らを平和に想わせ給え。」
November: Month of the DeadIn the Catholic Church, the month of November is the traditional time to visit the graves of loved ones. Veneration of the dead is a time-honored tradition in our Church. On All Saints Day, we honor the holy men and women who have traveled through life to unite themselves with Christ. On All Souls Day, we commemorate the faithful departed who pray for us beneath the purifying light of purgatory as we pray to hasten their entrance into eternal life.My father died in 1980 after sustaining a bullet on his head. I told myself that there was no such thing as a loving and merciful God. And two years ago, one of my brothers died of lung cancer. I already made peace with God, so I commended his soul to our loving and merciful God. Both my father and elder brother were 45 years old at the time of their death.When visiting cemeteries, I read what is written on the gravestones. I find comfort and grace meditating upon the lives of the dead. What were their lives like? How did they spend their days? Did they die in a state of grace? Were they in heaven or waiting it out in purgatory? The gravestones told the story of who they were but only God knows the state of the soul at death.

Our destinations don’t have zip codes and can’t be located on Google Maps but they are real. The Church encourages the faithful on earth to assist the souls through prayer and penance. And so in prayer we say: “Requiem aeternam dona eis, Domine, et lux perpetua luceat eis. Requiescant in pace. Amen.” (主よ、永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光で照らし給え。)

布池だより 2016年 10月号 巻頭言

 

典礼研修会に参加して

フランシスコ・ザベリオ 平田 豊彦

 

9月5日~7日にかけて全国典礼担当者会議が軽井沢の黙想の家で開かれた。典礼委員ではないが、教区のカテドラルの式典長として参加するようにとの司教からの要請を受けて参加することとなった。今回のテーマは司教司式の典礼について、ローマ規範版の理解を深めるための研修会であった。司教司式の典礼が多くの場合カテドラルで行われるため全国のカテドラルの式典長が集まっていた。

研修会では司教司式のミサとして、聖香油、様々な叙階式、堅信式や献堂式のミサをどんな点に注意して準備しなければならないか規範版の理解をしながらの勉強会となった。規範版通りには出来ないとしても、どこまでが変更出来て、どこが変更できないのかの理解には、各教区で受け止め方に温度差が見られた。その点では今回の研修会はそこの理解の共通化を図っていく上では効果的であった。

昨年暮に、ローマから出された典礼書の総則の変更に基づく典礼も布池教会では徐々にではあるが定着してきたところである。お知らせを通して変更への対応を行ってきていますが、必ずしも規範版通りには出来てません。今しばらくの時間がかかるものと思っています。

そもそも、日本の教会で使用されている現在の典礼書は第2バチカン公会議において典礼憲章で母国語による典礼の実現が宣言されてからのものですが、未だにローマから暫定版として認められたものである。昨年、第2バチカン公会議閉幕50周年に、この「慈しみの特別聖年」が始まり今日に至っていますが、日本の教会はその規模の小ささと際立つ文化の違いを考えれば仕方のないことなのかも知れませんが、未だに独自の典礼書が正式に認可されずにいます。そんな中で担当者の皆様の気の遠くなるような取り組みが、何度も何度も試訳を教皇庁の典礼秘跡省とのやり取りで修正を加えながら、少しずつ実ってきています。早く公会議の精神が日本の教会にとってインカルチュレーション(文化内開化)された典礼として実現されることを願っています。しかし、焦りは禁物であることもその事情を担当司教様から直接聞くと理解せざるをえないと思いました。

肝心なことは、必ず、その時は訪れると信じて、待ち続けることかと今回の研修会に参加して強く思いました。一見、公会議の精神から後退しているかのような印象を受ける時もありますが、担当者の方々の日々の努力の大変さと忍耐強さを思うと敬服すると共に、小教区を担当する私たちも彼らと協働していく姿勢の必要性を強く感じました。近い将来、日本語の典礼書が正式に認められる日がやってくることを祈りの内に期待したいものです。出来れば生きているうちに日の目にあずかれることを祈っています。

布池だより 2016年 8.9月号 巻頭言

 

平和旬間を迎えて

ヨハネ・ボスコ 由井滋

今年で34回目の平和旬間を迎える。教皇ヨハネ · パウロ II 世の来日は、日本の教会にとって、大きな変化をもたらした。教皇の広島での平和メッセージを受けて、平和旬間 ( 広島原爆投下から長崎原爆投下をヘて、天皇の終戦宣言:聖母被昇天まで ) を設定し、日本の教会が平和の使者としての使命を自覚する時として大切にしている。昨年は戦後70年で首相も談話を出したが、日本司教団は戦後50年「平和への決意ー戦後50年にあたって」、60年「非暴力による平和ヘの道ー今こそ預言者としての役割を」、70年「平和を実現する人は幸いー今こそ武力によらない平和を」とメッセージを出され、私たちに指針を示した。7月憲法改変をかけた参議院選拳が行われ有権者の半分が意思表示をし自民党案に示された法案は3分の2の投票を得て憲法 (「国の形」一戦争をしない国から戦争をする国 ) にー歩現実化してきた。18才から選挙権を持つことになったが有権者の半分が意思表示しただけであった。

これから憲法改変を望む議員を中心に憲法調査会が開かれた後、国民投票にかけられ半分の票によって決まる。昨年、現憲法に抵触する集団的自衛権行使が容認され、人を殺し、殺される戦争に巻き込まれることになるが、国民投票にいたるまで、国民として、また特にキリスト者としてえりを正し、真剣にこの国のあり方を考えなけれぱならない時が来たことを自覚しなければならないでしょう。

一地上におけるキリストの平和を求めて